第3回 「ありがとうね」
『ありがとうね』
これがAさんからいつも聞く言葉であり、一生心に残る言葉です。
Aさんは、多少の認知症を患う女性利用者さんで、ぼやあ樹ではもう約2年のお付き合いになります。
性格はとても温厚で、車椅子から椅子へ移乗するときや排泄介助をする際に、『ありがとうね』『皆さんが良くしてくれるから嬉しい』と、スタッフを気にかけて下さる方でした。
ある時には、『あなたは背が高いから着物着たら見せてね。』と声をかけて下さったり、『これあなたに似合いそうよ』とご自身のアクセサリーを私の体にあててみたりなど、女性らしいしぐさや発言をなさる品のある素敵な方でした。
そして、お正月にはご家族と外出され、その日は少しお疲れの様子ながらも、穏やかな表情でぼやあ樹に戻られました。
しかし、Aさんはお正月を迎えた頃から、食欲が低下し、以前は朝昼晩と完食されていたのに対して、当時は半分程度しか召し上がりませんでした。
それでも、介助をした際には相変わらず『ありがとうね』と声をかけて下さいました。
そんなある日、勤務を終えた私は普段どおりにご利用者さんやスタッフ、もちろんAさんにも「お疲れ様です、お先に失礼します」と声をかけて帰宅しました。
夜になっていつも通り横になっていると、夜中の3時頃にふと目が覚めました。
いつもなら目が覚めない時間だけに、その後もなかなか寝付けず、気づけば出勤時間になっていました。
出勤してからまもなく一本の電話を受け、Aさんがお亡くなりになったと聞かされました。
あまりの早さに驚き唖然となりながら、いつまでも悲しみが止まりませんでした。
そして、Aさんが亡くなった時間が夜中の3時半ごろと知り、私は同じ夜中の3時に目が覚めたのは、Aさんからの最後のメッセージだったのではないかと感じました。
もしそうであったとして、もしできるものならば、最後にメッセージを送ってくれたAさんへ私から"ありがとうね"と直接お伝えしたいです。
他にも、今思えば"もっとAさんと話をすれば良かった"と後悔しています。
耳が遠いAさんは、話しかけても「私は聞こえないから」と会話を遠慮することが多かったからです。
でもだからこそ、数え切れないAさんとの思い出を大切にしていきたいと思います。
そして、私もAさんのような優しく、人への感謝の気持ちを忘れない素敵な女性になれるよう、日頃から接している方、またお世話になった方への恩を忘れず過ごしていきたいと思います。