第1回 「私にとっての恩人」
入社当時、初めてAさんに出会った日、先輩のスタッフからの一言。
「Aさんは認知症だし、耳も遠いから話しかけてもあんまり反応がないからコミュニケーションがとれないの」と言われた。
...「(本当にそうなのかなぁ~?)」
それから何度もAさんの様子を見るも、1人でトイレも行き、ご飯もしっかり食べるが、確かに1日誰とも会話をしていなかった。
それから半年が立ち、ぼやあ樹では【自立支援プログラム】を導入した。
認知症状の改善のため、まず1日1000mlの水分をとることが目標だった。
プログラム導入の初日、スタッフから利用者さんに提案するが、初めはほとんどの利用者さんがあまり乗り気ではなく、平均500~600ml程度しか飲んで頂けなかった。
しかし、Aさんだけは唯一お1人だけ1000mlをしっかり飲まれた。
そしてその日の夕方、送迎が始まりひと気が少なくなった時、Aさんは突然椅子から立ち上がり、スタッフに向かって「これ畳んじゃっていいのかしら?」と近くの席にくしゃくしゃになっている使用済みのひざ掛けを手にとり、一枚一枚丁寧にピシッと畳まれた。
なんと、この言葉が私にとってAさんから聞く初めての言葉であった。
そして翌日、私は夢でも見ているのではないかと思う光景を目にした。
Aさんはぼやあ樹にいらしてすぐ、隣近所の利用者さんと楽しそうに会話をなさっていた。
スタッフ一同、「(Aさんは耳が遠いんじゃなかったんだ...)」と確信した。
ちなみに、この日も水分はきちんと1000ml飲まれた。
そしてプログラム開始から3日目の朝、さらに驚くことが私を待っていた。
朝の送迎時、Aさんのご自宅へ向かいに行った。
いつもなら布団で寝ているところを起こすのだが、この日はいつもいるはずの布団に姿がなく一瞬焦ってしまった。
すると突然、後ろのほうで物音がした。
ハッと振り向くと、そこには全身着替えを済ませて、ちょっと薄化粧をしたAさんが少し照れたように微笑んでいた。
私は思わず、Aさんを抱きしめようとするとAさんも手を広げて体を寄せてくれた。
この時私は、まるでAさんが"別の世界から帰って来てくれた"ように感じ、嬉しい気持ちが抑えきれなかった。
そして、ぼやあ樹でも元気に過ごされ、あっという間に帰りの送迎時間となった。
車に揺られ、Aさんの家に近づき見慣れた風景を見ると、『あぁもうじき家ね。今日もこれで終わったね』と少し寂しそうな表情を見せた。
そしてAさんの家へ到着すると、運転手に向かって『ありがとうございました』と伝え、同乗していた利用者さんには『お先にー』と一言。
さらに、玄関の戸を開けると『ただいまー♪』と陽気に大きな声を出して、中へ入っていかれた。
現在Aさんは別の施設に移ったが、私にとっては【自立支援】というものを身をもって示してくれた、いわば恩人のような存在だと思っている。
たかが水分、されど水分。
現在のぼやあ樹では、半数以上の方が1000ml以上水分を飲まれ、徘徊や暴言、また細かな認知症状がみるみると改善されていき、元気な方々で溢れている。
利用者さん全員が"人生まんざらじゃなかったなぁ(笑)"って最後まで笑ってくれるのが私の願いです。